2008年09月25日

ボンベイ・ガール

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インドという国に対して、多くの日本人はどのような印象を持っているだろう?
経済が急成長している途上国ではあるが、やはりまだまだ「謎」「怪」「神秘」「不思議」といった印象が強いのではないだろうか?
大きな黒目が印象的で、まるでインドという国そのものように不思議な存在感を持つ夏生優美は、インド国ボンベイ出身、だが生粋の日本人である。

優美は現在、劇団「元氣エンターテインメントシアター」に所属して舞台活動をしつつ、劇団の母体となっている「元氣プロジェクト」という声優プロダクションにもお世話になり、声優の仕事を行っている。
彼女のプロフィールで目を引くのは、何と言ってもインド出身という経歴である。

日本とインドは、一体どのくらい環境が違うのだろうか?
「私が住んでいたのはボンベイっていう大きな港町で、インドの中でも都会なのですね。東京ほどではないですけど、マンションやビルが立ち並んで栄えていたので、風景はそれほど日本と変わらないですよ」
だが、当然のことながら、文化や生活は全く異なっていたという。
「言葉が全く通じないところが北の地方には幾らでもあるし、南は南国みたいに暑くて海がきれいだし、カルカッタにはマザーテレサの施設があるし、アジェンダとかタージマハールみたいに遺跡があるところは異空間だし、ボンベイに行くとインドって都会じゃんって思うだろうし。
同じインドでも地方によって言語も違うし、生活環境も違うし、けどそういった違いを全く気にしない人達なんです」
と、優美はインドの人々について語る。
「小さなことが気にならなくなりますよ。バスにドアが無かったり、道端を牛が歩いていたり、海岸をラクダが歩いていたり、道路をゾウが歩いていたりするのが普通なんです。
例えば、私が住んでいた家の右斜め前にはキリスト教の教会があって、右にはゾロアスター教の聖地があって、通りにはイスラム教があるんですよ。左にはヒンディー教があって、ガネーシャが飾ってあったりして。日本の人からすると、揉め事が起きるんじゃないかって思うじゃないですか?でも、インドでは誰も気にしないんです」
まさに壮大で神秘の国、インド!
僕自身、インドという国にはとても興味があり、三時間でも四時間でも聞いていたかったのだが、さすがにキリが無いので、この辺で一旦インドの話は休止。
代わって、日本にやって来た頃の話を伺った。

優美が日本にやって来たのは、小学生の頃。
日本での生活を始めた優美は、日本の小学校に通い始めたのだが、すぐには馴染めなかったという。
「まず日本に来てびっくりしたのは、一クラスの人数がすごく多いこと。インドでは、生徒五人に先生が一人くらいだったんですけど、日本では一気に六倍じゃないですか。インドでは先生と生徒が仲が良くて、お父さん子供みたいに授業をしたり、休み時間に遊んだり、先生の家に泊まりに行ったりとかしてたんですけど、日本ではそこまで先生と生徒が密接ではないじゃないですか。なので、悩みも相談できなかったし、勉強の悩みも相談しづらかったんですね。ちょっと戸惑いを感じました」
そんな中、優美は声優を目指すことを決定付ける、大きな出会いを果たす。
大きな環境の変化で戸惑いの連続ばかりだった優美だが、日本とインド、どちらの生活
にも唯一共通してあったのはアニメだった。
インドに住んでいた頃も、日本にいた知人がビデオを送ってくれていたため、優美は日本のアニメをいつも見ていたのだという。
「あるとき、いつものようにテレビを見てたら、たまたまやってたのがスレイヤーズっていうアニメだったんです。
何気なく見ていたときに主題歌を聴いて、私は涙を流したんです。歌詞と歌声に衝撃を受けて、歌を歌うだけで人の心をこんなに動かせるんだってことに気づいて、私もこういう歌を歌いたいって思って。調べたら、声優さんっていう職業の方がいるってことを知って。そのときからずっと、将来は声優になるって思っていたんです」
インドからやって来た少女の心を癒したのは、寿司でもスキヤキでも富士山でもなく、スレイヤーズだったのだ。
ちなみに優美に影響を与えた声優の名は、林原めぐみさんという。
「閣下と呼ばれているんですよ」
と優美は笑顔で豆知識を教えてくれた。

そして、優美は高校卒業後に声優の専門学校へ入学する。
在学中に、学校主催の数百人規模の公開オーディションがあった。発表形式は自由。優美は考えた挙句、母国インドの民族衣装(サリー)を着て舞台に立ち、発表を行った。すると、舞台を降りた後、突然強面のオヤジに声をかけられた。
偶然通りかかり、偶然優美を見かけ、偶然声をかけてみたというそのオヤジこそ、現在お世話になっている元氣プロジェクトの社長だったのだ。
「社長は、私が今までに出会った人の中でも、逸脱しているというか、変わった人なんです。少年のまま大人になったというか、元気な人なんですよ、元氣プロジェクトだけに」
この出会いが優美に大きな転機をもたらした。優美が夢に一歩近づいた瞬間だった。

仕事はすぐにありましたか?という僕の質問に、「そんなに甘い世界じゃないですよ」と語る通り、当初は殆ど仕事がなかったという。だが下積みの日々を送りながら、優美は少しずつ仕事を勝ち取ってゆき、今では女優としても声優としても色々な仕事を行っている。
取材の最中、のらくらとマイペースに笑顔を見せていた優美だが、仕事のことに話が及ぶと、途端に表情と口調が改まり、別人のようなプロの顔を見せたのが印象的だった。
まさに、叩き上げのプロ声優である。

台本書きや映像編集など、様々な特技を持つ優美だが、その一つに創作落語がある。
元氣プロジェクトの講師に、落語会で唯一のアキバ系と呼ばれる、桂歌若氏がいる。アニメやゲームが好きで、アニメの台本なども手がけている、根っからのアキバ系の落語家だ。
元々、希望者を対象に落語のレッスンを行っていたのだが、そのうちに「元氣寄席」という寄席が定期的に開かれることになり、優美は毎回参加しているのだそうだ。
「君達は落語のプロじゃないんだから、自由でいいよ」とのアドバイスを受け、優美がこれまでに作った落語は三作品。
いずれも優美の好きなゲームを素材にした、「ファイナルファンタジー落語」だ。
インド出身の女優が、日本の演芸である落語を行う・・・。まさに異文化交流ではないだろうか。

「野望は世界進出です」
と、優美は顔色一つ変えずに言う。
「いつか私がやったアニメの役を、ヒンディー語に吹き変えてインドで流して欲しいですね。声優だけじゃなく、舞台も含めて、世界規模の表現者として活躍したいです」
日本にやって来て以来、インドには行っていないという優美。ヒンディー語も忘れ、現地にはもう知人もいないとのことだが、今でも魂はインドにあるようだ。
「色んなところでインドに行きたいって言ってるので、いつか企画で行けないかなと密かに思ってるんです」

最後に、こんな振りをしてみた。
「東国原知事が宮崎を宣伝するみたいに、インドを宣伝してみてください。夏生さんの宣伝次第で、インドに観光客が増えるか増えないかが決まると思って」
優美ははにかみながらしばし悩んだ挙句、こう言った。
「インドはとても人が温かい国です。人と人との触れ合いの街・・・(笑)」



夏生さんが所属する声優ユニット「乙女部プラス」はこちらです。
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http://otomebu.mysns.tv/



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posted by Kazuyuki.K at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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